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2018年2月17日同朋の会

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梅の花が開花しました。
当日は肌寒い曇りでした。参加者10名、ご住職、坊守さん、住職の息子さんで開催。
主な内容
1.真宗宗歌三番 「はらから」について。「同胞」とは血の繋がった仲間の事。
「同朋の会」の「同朋」は一緒に学んでいる仲間の事。

2.お内仏には、お守り、位牌、飲み物、食物類は入れない。
3.浄土は、誰の上にも、阿弥陀様によって開かれる世界で、姿、形がない。あの世でもない。はたらきである。
4.人間の造った物はいつか必ず壊れる。仏さまが届けてくれた物以外は支えにならない。

5.住職の息子さんからのお話、「無空過」について。本願に出遇ったならば、人生を空しく過ごしてしまうことはない。仏の前では何一つ無駄なことはない。
6.「ありがとう」の反対語は、「あたりまえ」だそうだが、私は理解できなかった。

7.お陰様と有難うだけ言っていれば戦争にならないのではないか。

次回は、3月3日(土)14:00より。
皆様のお越しをお待ちしております。

2018年1月20日 同朋の会

本年最初の同朋の会と新年会 開催
1月20日曇りがちの少し寒い日、参加者12名

(1)前回に引き続き黒い冊子「真宗の仏事」P11~13
・真宗の教えに遇うということは、ありのままの自分に出遇うこと。
・「五濁悪世」からまぬがれることができない煩悩具足の凡夫にめざめを促し、その身をすくい取ろうとするのが阿弥陀仏の本願。

(2)勤行集P101「回向」ついて
・これは善導大師を通して阿弥陀様が人間に知らせようとしたもの。
・こちらからの発信ではなく、阿弥陀様から振り向けられたもの。

(3)「信心」とは
・我々が信じられそうだからと選んだものではない。
・ありのままの自分に気づかされること。つまり知らされる事。
信ずる信じないにかかわらず、既に阿弥陀様のお働きが来ている。

(4)「念仏」とは
・阿弥陀様は、「南無阿弥陀仏」と「名」を称えれば必ず救うぞとお誓いくださった。その証として、今私たち一人ひとりに「お念仏」が届けてられてある。
・どんなときでも肯定的に安心して生きて行くには「南無阿弥陀仏」をよりどころにするしかない。

(5)新年会 
・午後3時50分から5時40分まで開催。来年は是非これをお読みの方、是非ご参加ください。


次回 同朋の会 平成30年2月17日 土曜日午後2時から
今年こそは同朋の会への参加とお思いの方々、お待ちしております。
何の制限、条件なく、出欠自由の気軽な会です。茶飲み会と思って
お越しください。


(記事:釈 和敬)

2017年12月16日 同朋の会

同朋の会当日、天気は晴れ、午後は少し暖かくなりました。
お寺にお越しの方は、14名でした。

教本は、前回同様「真宗の仏事」11ページから。
主な内容

1.真宗の教えに遇うということは、ありのままの自分自身にであうこと。
2.お念仏に立ち戻れば大丈夫、阿弥陀様に全てをお任せしますが南無阿弥陀仏。

3.限りある命なので空しく過ごしてほしくないというとお心。
4.真宗は私の願を叶えてくれる教えではない。

5.「生」と「死」一対。だけど出来るだけ遠ざけたいと思う。
6.生きている有難さをいただきながら生きてゆく。

7.何事も受止める事が出来る知恵(気づき)をいただける。
8.道が間違っていることにづいていない人は、迷子になったと思っていない。

以上

新年の同朋の会は、2018年1月20日14:00から。
会終了後、新年会を行います。ご自由に参加ください。
お待ちしております。

(記 釈和敬)

2017年11月18日 同朋の会

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今回からあたらしいテキスト「真宗の仏事」を読み進めていくことになりました。

「こころのあり方、こころの教育が叫ばれ」る昨今ですが、単純にこころの持ち方次第では、
なかなか思い通りにいかないのが常ではないでしょうか?
個人個人のこころや思い・考えを超えたところで、頼りにするもの・大事にするものは何なのか、あらためて考えていきましょう、という話になりました。
仏事やお内仏の話を入り口に、真宗の考え方を深く掘り下げていくテキストのようで、
私にはなかなか手強そうな内容です。じっくりお話を聞いていければと思います。

早いもので来月は今年最後の同朋の会です。
12月16日(土)午後2時から、おまちしております。

(釋 正裕)