今年の報恩講でいただいた法話のテーマは「回心」でした。「雑行を棄てて本願に帰す」回心された親鸞聖人の述懐です。親鸞聖人にとって法然上人との出会いそのものが回心でした。回心とは、衝撃的な宗教体験を通じて今までの自分が壊され今までの自分でいられなくなるということです。そして回心はただ一度だけであり、聞法の歩みの中で開かれていくものなのです。
「回心というは自力の心を翻し、すつるをいうなり」(唯信鈔文意)
私の心、私の力を頼まず、自分の価値観にとらわれないということです。
「その回心は日ごろ本願他力真宗をしらざるひと、弥陀の智慧を賜りて、日ごろのこころにては、往生かなうべからずとおもいて、もとのこころをひきかえて、本願をたのみまいらするをこそ、回心とはもうしそうらえ。」(歎異抄)
ひと度、阿弥陀さまのはからいで回心させていただけば、渦巻く煩悩、多様化する社会の中にあっても、流されず、手を合わせ、念仏申す生活をせざるを得ないのです。
筆・坊守釈尼育英

