2023年になって最初の同朋の会でした。気付けば早いもので親鸞聖人御誕生850年立教開宗800年の慶讃法要まであと数ヶ月になりました。今月も慶讃法要の「南無阿弥陀仏 人と生まれた意味をたずねていこう」というテーマについて皆さんと考えていきました。
「人と生まれた意味」、私たちは人間として生を受けています。自分が生まれるということは親を選べず、時代を選べず、地域を選べず、全てを背負います。誠に不本意でございます。「人と生まれた意味」が問われるということは私が生まれた意味が問われたということです。
自分自身が問われたとき、私たち凡夫のリアクションとして自己中心的に考えて答えを出そうとしがちですが、それでは分かったつもりに陥ります。また私たち人間は疑心の人です。往々にして自己都合が悪くなったら考えの中心線を変えていきます。自分自身が問われてもこれでは迷いが深まっていきます。
大切なのは自分が問われたとき「たずねていこう」という姿勢です。たずねていくというのは真摯に聞く姿勢、受け身でございます。人智を超えた常・一乗の仏智「南無阿弥陀仏」を根本にして生まれた意味をたずねていく、真宗門徒の大切な姿勢です。
また生まれた意味は生き方の是非で左右されません。最後に清沢満之先生の言葉を紹介します。
天命に安んじて人事を尽くす
阿弥陀仏のよびかけ・南無阿弥陀仏に安心して、結果はどうあれ、力の限りを尽くす、命を尽くしていく。これも大切な真宗門徒の姿勢です。
(筆・釈裕香)