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2025年12月の同朋の会

勤行のみ厳修

2025年11月の同朋の会

 今年の報恩講でいただいた法話のテーマは「回心」でした。「雑行を棄てて本願に帰す」回心された親鸞聖人の述懐です。親鸞聖人にとって法然上人との出会いそのものが回心でした。回心とは、衝撃的な宗教体験を通じて今までの自分が壊され今までの自分でいられなくなるということです。そして回心はただ一度だけであり、聞法の歩みの中で開かれていくものなのです。
 

「回心というは自力の心を翻し、すつるをいうなり」(唯信鈔文意)


 私の心、私の力を頼まず、自分の価値観にとらわれないということです。

「その回心は日ごろ本願他力真宗をしらざるひと、弥陀の智慧を賜りて、日ごろのこころにては、往生かなうべからずとおもいて、もとのこころをひきかえて、本願をたのみまいらするをこそ、回心とはもうしそうらえ。」(歎異抄)


 ひと度、阿弥陀さまのはからいで回心させていただけば、渦巻く煩悩、多様化する社会の中にあっても、流されず、手を合わせ、念仏申す生活をせざるを得ないのです。


筆・坊守釈尼育英

2025年10月の同朋の会

 来月11月3日に報恩講を迎えます。報恩講とは一言で言うと宗祖親鸞聖人のご法事です。「講」とは集まって聞法するという意味です。宗祖のご命日(11月28日)を期して、真宗寺院では毎年必ず厳修されます。宗祖が顕らかにされた真実の教えを聞信する為にです。宗祖はご自身を含め私たち人間は「罪悪深重煩悩熾盛の衆生」といただき、そんな私たちでも救われる手立てを伝えてくださいました。

 報恩講という、特別な浄土の荘厳をして、特別なお勤め(正信偈真四句目下げや念仏和讃淘五)をして、講師の先生のお話を聞く、そういった特別な場が開かれます。私たちが報恩講の準備をし、開催するその前にそれに先立って宗祖からの促しがあります。私たち真宗門徒にとって報恩講とは、宗祖がいただいた大切な浄土の教えを聞信し、私たちの生活の土台、拠りどころ(宗)を明らかにする大切なご法事です。皆さん、どうぞ 11月3日の報恩講においでくださいませ。


(筆・坊守 釋尼育英)
 

2025年9月の同朋の会

 間もなくお彼岸を迎えます。真宗において「彼岸」とは 阿弥陀仏の「浄土」のことです。私たちの迷いの世界である「此岸」と分けて考えがちですが、そうではなく、「此岸」は既に「彼岸」に包まれているのです。つまり、私たちは既に極楽浄土の中にいるのです。そして浄土から 私たちの在り方や生き方を絶えず問いかけられています。浄土はいろいろな形をとって私たちにはたらきかけ(方便・応化)、私たちがそれをきちんといただいていけば自ずと生活の構え、態度がそれに応じていくのです。

 お参りという習慣の中には、そのようなことが含まれています。頭を下げ手を合わせ感謝の気持ちを表します。どこに手を合わせるのでしょうか。私たちは物事を自分のものさしで見てしまいます。人それぞれものさしは違いますが、どんなものさしを持っていてもすべてに当てはまる共通する尊いもの、本当に尊いもの、ご本尊に手を合わせるのです。


(筆・坊守 釋尼育英)