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2026年1月の同朋の会

 1月1日の修正会でも触れましたが、1年の始まりとあって、「浄土真宗という道理を生きる」についてのお話でした。比べることが無い浄土という世界の有り様を生活の根本にし、道理を確かめていく教えが浄土真宗です。浄土と私をつなぐのは念仏だけ、浄土が南無阿弥陀仏によって開くのです。南無阿弥陀仏が私の生活の中心となることで、安心をいただけるのです。行く道がはっきりすれば、自分が迷っていたことに気付けるのです。誰もが皆迷っているのです。それに気づけるかどうか。もし道に逸れ迷ったとしても、また戻ればよいのです。進むべき道がはっきりしているのですから。浄土真宗という道理を生きることは、
どんな生き方をしようが根本は南無阿弥陀仏ということです。


筆・坊守 釈尼育英   

 

2025年12月の同朋の会

勤行のみ厳修

2025年11月の同朋の会

 今年の報恩講でいただいた法話のテーマは「回心」でした。「雑行を棄てて本願に帰す」回心された親鸞聖人の述懐です。親鸞聖人にとって法然上人との出会いそのものが回心でした。回心とは、衝撃的な宗教体験を通じて今までの自分が壊され今までの自分でいられなくなるということです。そして回心はただ一度だけであり、聞法の歩みの中で開かれていくものなのです。
 

「回心というは自力の心を翻し、すつるをいうなり」(唯信鈔文意)


 私の心、私の力を頼まず、自分の価値観にとらわれないということです。

「その回心は日ごろ本願他力真宗をしらざるひと、弥陀の智慧を賜りて、日ごろのこころにては、往生かなうべからずとおもいて、もとのこころをひきかえて、本願をたのみまいらするをこそ、回心とはもうしそうらえ。」(歎異抄)


 ひと度、阿弥陀さまのはからいで回心させていただけば、渦巻く煩悩、多様化する社会の中にあっても、流されず、手を合わせ、念仏申す生活をせざるを得ないのです。


筆・坊守釈尼育英

2025年10月の同朋の会

 来月11月3日に報恩講を迎えます。報恩講とは一言で言うと宗祖親鸞聖人のご法事です。「講」とは集まって聞法するという意味です。宗祖のご命日(11月28日)を期して、真宗寺院では毎年必ず厳修されます。宗祖が顕らかにされた真実の教えを聞信する為にです。宗祖はご自身を含め私たち人間は「罪悪深重煩悩熾盛の衆生」といただき、そんな私たちでも救われる手立てを伝えてくださいました。

 報恩講という、特別な浄土の荘厳をして、特別なお勤め(正信偈真四句目下げや念仏和讃淘五)をして、講師の先生のお話を聞く、そういった特別な場が開かれます。私たちが報恩講の準備をし、開催するその前にそれに先立って宗祖からの促しがあります。私たち真宗門徒にとって報恩講とは、宗祖がいただいた大切な浄土の教えを聞信し、私たちの生活の土台、拠りどころ(宗)を明らかにする大切なご法事です。皆さん、どうぞ 11月3日の報恩講においでくださいませ。


(筆・坊守 釋尼育英)